第118回 土浦支部例会 報告

 9月30日(日)に牛久市のひたち野リフレで第118回土浦支部例会を開催しました。参加者は、11名でした。
 最初に、「誰が特攻を始めたのか ~特攻の始まりについての最新報告~」を報告していただきました。
 報告では、「なぜ、筑波海軍航空隊が特攻のはしりなのか?」「戦争の伝え方をどうするか?」という問題意識のもと、話を進めてくださいました。報告の特徴は、文献調査はもちろんですが、当時の当事者の聴き取りを丹念に行っているところになります。聴き取りの成果をいかしながら、茨城から始まった特攻について経過を丁寧に報告していただきました。特攻兵器桜花の訓練部隊として編成された神雷部隊は百里ヶ原海軍飛行場、「死ぬこと」を前提とした最初の航空での特攻訓練は神ノ池海軍飛行場、陸軍の特攻隊は鉾田陸軍飛行場、人事として初めて特攻隊が誕生したのが筑波海軍航空隊など、特攻の歴史の中に茨城の陸海軍飛行場の多くが位置づけられていることが改めて確認されました。筑波海軍航空隊に特攻訓練の中心をもってきたのは、海軍兵学校の卒業生との関連があったそうです。「最初の手柄は、海軍兵学校の出身者であるべき」という考えの影響で、特攻訓練の中心が筑波海軍航空隊にきたとのことでした。報告で興味深かったのは、特攻は現場の独断(大西瀧治郎中将の独断)で開始されたという通説に対して、それ以前から特攻の大規模計画があったのではないか、という問題提起です。大西の独断という主張があるが、それ以前の1944年7月の段階で特攻兵器桜花の大量生産が決定されていたとの証言を得ていることから、通説との矛盾を指摘していました。しかし、報告では、当時のほとんどの史料が焼却されている状況があることも確認されました。そうすると、聴き取りはたいへん重要になってくると同時に、残されている史料の発掘や聴き取りとの総合などの作業が大切になると感じました。
 報告後の討論では、「現場の空気はどうだったのか?」、「特攻についてなかなか明らかになってこなかった理由は?」、「戦中からも特攻の美化はあったのか?」、「天皇の戦争責任と特攻の関係は?」、「防衛省戦史資料は活用できるのか?」、「米軍側に特攻の史料はないのか?」など多岐にわたりました。討論での話の中に、「上層部の史料には、人名が出てこない。そして、アルミニウム○○gと同じような感覚で搭乗員○○名と出てくる」という説明があり、大変印象に残りました。戦争の異常さが伝わってくるエピソードだと感じました。また、報告者は、いわゆる「アクティブラーニング」に注目しており、学習についてプランを構想中であることも話してくださいました。

 次に、ミニ報告として小学校の学習指導要領の改訂について報告しました。主な特色として、
・「アクティブラーニング」という文言から「主体的・対話的で深い学び」という表現へ
・「特別の教科 道徳」の設置
・外国語活動(3・4年)、外国語科(5・6年)の設置
・時間割に収まりきれない授業時数の増加
・プログラミング教育の推進
・新しい観点「知識・技能」、「思考力・判断力・表現力等」、「学びに向かう力・人間性等」
などが紹介されました。そして、そのような改訂により、国家主義的な性格が強化されたり、ますます多忙化が進んだりする可能性について説明がありました。
 学習指導要領の抽象的な文言でのレベルの紹介なので、具体的な実践のレベルでどのような授業を考えているのか、どのような内容を考えているのかを検討したいと感じました。