第114回 土浦支部例会 報告

 3月25日(日)に第115回土浦支部例会をひたち野リフレで開催しました。

 まず、「東海第二原発と住民投票」という現代社会の授業実践を報告していただきました。東海第二原発の再稼働問題について考える授業です。授業のポイントは、議論する学習を組織しているところです。その際、テーマを「再稼働の是非」を直接尋ねるのではなく、「再稼働を問う住民投票を実施すべきかどうか」にしている点に特色があります。議論に向けて、原子力政策や東海第二原発の歴史、3・11後の原発を取り巻く状況、再稼働を巡る司法の判断などについて事前に学習しました。その後、新聞記事や社説の読み比べなども経て、自分の主張とは無関係に賛否の立場を決めて、ディベート形式で議論を進めました。全員が必ず発言するところにも特色があります。最終授業では、自由に討論する機会も設けました。様々な議論の機会を経て、生徒達の認識が深まっていった様子が報告されました。今回のレポートが優れているのは、生徒の感想が詳細に残されている点にあります。感想を読んでみると、「今まで原発について考えたことがなかった」と綴っている生徒が目立ちます。東日本大震災から約7年が経ちましたが、いまだに原発は問題が山積しています。そのことを考える機会になった点が大変すばらしかったのではないかと思いました。また、報告後の協議では、意外と住民投票に反対する生徒が多かった点が話題になりました。「住民投票に12億円かかる」という点がその要因になっていると思われます。「こういう条件は示さなくてもよいのでは」という意見もありましたが、報告者は「リアルな状況から考えさせたい」と主張していました。また、報告者からは「民主主義」という言葉がよく出てきました。民主主義が形骸化していると言われている昨今だからこそ、このような取り組みは大切なのではないかと考えました。

 次に、「明治150年をどう捉え直すか -山田朗『日本の戦争 歴史認識と戦争責任』を読んで-」を報告していただきました。歴史学者(日本近現代史)の山田朗さんの近著『日本の戦争 歴史認識と戦争責任』(新日本出版社)の概要を紹介しつつ、報告者が考える安倍政権の「明治150年」の問題点を論じてもらいました。たとえば、日露戦争の捉えです。日露戦争を世界史的視点で見ています。当時の欧米諸国の動向をふまえつつ、「明治日本は欧米列強のアジア進出を容認し利害調整をしたのであり、それを打ち破るために戦争をしたのではなかった。」としています。そして、日露戦争は自衛のために戦ったという言説がありますが、「外国で行う自衛戦争はあり得ない」と明確に否定しています。「明治150年」というときに、日露戦争をどう捉えるかという問題が出てきます。自衛戦争という捉え方を改めて批判的に考えることを再確認しました。また、アジア太平洋戦争については、「日中戦争からアジア太平洋戦争への連続性を重視すべき」と論じていました。戦争の犠牲者を勇者として讃えるのではなく、再び生み出さないことが大切だと話していました。最後に、歴史修正主義です。権力側は「侵略の定義は、学会的にも国際的にも定まっていない」と、植民地支配の過去を骨抜きにしようとしています。慰安婦・慰安所の存在と軍当局や官憲の関与を認め謝罪したいわゆる「河野談話」や植民地支配と侵略戦争を反省とお詫びで表明したいわゆる「村山談話」を否定する動きです。報告者は、国立公文書館の「公文書に見る近代化の歩み」という資料を示しながら、「戦争が抜け落ちている」という説明をされていました。「明治150年」というキャンペーンには、戦争認識の欠落、無批判な近代日本の礼賛などの問題を確認しました。このような動向を「軍事中心の産業化を、戦争抜きの産業化を、戦争抜きの産業化の歴史として強調している」と指摘しています。そして、「歴史学の積み上げてきた成果は認めず、右派学者・マスコミによる作られた歴史物語=歴史修正主義だけに基づいて施策を進めている」と報告しています。協議では、「明治150年」や「明治維新150年」という言い方、明治維新の捉え方(革命ではなく改革、一つのクーデター など)について議論しました。